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平成28年NHK大河ドラマ「真田丸」放送決定!

真田幸村(信繁)甲冑(幸村庵・九度山町)

真田昌幸・幸村[さなだまさゆき・ゆきむら]

戦国時代、真田家は武田・上杉・北条・豊臣・徳川ら強豪の中で、時には従い、時には対立し、遂には上田城を築いて東信濃随一の武将に成長しました。

真田父子は築城したばかりの上田城で、徳川方の大軍を2度にわたって撃退し、真田の名を天下に知らしめました。しかし、関ヶ原の戦いは徳川方の勝利に終わります。昌幸・幸村(信繁[のぶしげ])は幽閉され、その軌跡が高野山と麓の九度山町に残っています。

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真田家ゆかりの地を訪ねて

高野山 蓮華定院

高野山 蓮華定院[れんげじょういん]

昌幸・幸村が徳川家康に命じられ、蟄居[ちっきょ]したお寺。以来真田家とは縁を深め、境内に入ると真田家の家紋「六文銭(六連銭)[ろくもんせん(りくれんせん)]」がいたるところに見られます。また、幸村の書状や重要文化財に指定されている剣など寺宝も数多くあります。
※蟄居…(自宅に謹慎すること。刑罰のひとつ)
住所:伊都郡高野町大字高野山700
電話:0736-56-2233

善名称院

善名称院[ぜんみょうしょういん](真田庵)

高野山の冬が厳しかったため、昌幸・幸村は山麓の九度山に庵を移しました。その跡地に建つのが善名称院(真田庵)です。父子は再起を待っていましたが、父昌幸はこの地で慶長16(1611)年に65歳で亡くなりました。幸村は大坂の陣で豊臣方の武将として出陣しますが、慶長20(1615)年、大坂夏の陣にて茶臼山[ちゃうすやま]付近で激戦の末、壮烈な最期を遂げました。
住所:伊都郡九度山町九度山1413
電話:0736-54-2218

真田家 家紋「六文銭(六連銭)」

真田家 家紋「六文銭(六連銭)」

真田家が六文銭を旗印として用いたのは北条氏とのある一戦で勝利してからだといわれています。天正10(1582)年、戦に破れた昌幸がわずか300の軍勢を率いて上田城に引き返す途中、4万余の北条軍に遭遇。その時15歳の幸村は無紋の旗を取り出し、北条方の武将松田氏の旗印永楽通宝を描いて兵に持たせ、軍を六隊に分けて闇討ちをかけました。北条方は松田が謀反を起こしたと勘違いし大騒動。それに紛れて真田勢は無事上田城に帰り着くことができました。昌幸は幸村にその功を誉め定紋を六文銭にすることを許し、これが真田の六文銭の由来との伝承があります。