1200年の時を越える旅 高野山開創1200年記念大法会

高野山を巡る

現在表示しているページ
ホーム > 高野山の伝説スポット

高野山の伝説スポット

神秘に満ちた聖地の伝説

三鈷の松

三鈷[さんこ]の松(壇上伽藍)

弘法大師は唐より帰国時、真言密教を広めるにふさわしい場所を求め、日本へ向けて三鈷杵と呼ばれる法具を投じました。後に、唐より投じた三鈷杵がこの松に架かっているのを見つけ、弘法大師は、この地を真言密教の修道場に決めたのでした。

その松は三鈷杵と同じく三葉の松であり、「三鈷の松」と呼ばれています。今では松の落ち葉をお守りとして持ち帰る人もいます。

玉川の魚

玉川[たまがわ]の魚(奥之院)

弘法大師が、玉川のほとりで小魚を捕り串に刺して焼いて食べようとしていた山男を見つけ、小魚を買い取り玉川に放してやると、生き返ったと伝えられています。この小魚の斑点は、その時の串のあとといわれ、今でも山内の人はこの魚を食べないそうです。

弥勒石

弥勒石[みろくいし](奥之院)

心願成就の石として伝わり、触れるとご利益があるとされていました。
今では、罪の軽い人は軽く、重たい人は重く感じるといわれ、祠[ほこら]の格子から手を入れて持ち上げられるようになっています。

姿見の井戸

姿見[すがたみ]の井戸(奥之院)

その昔、病を患った扶閑[すけずみ]中納言の夢の中に弘法大師が現れ、「我が山の霊水を飲めば病は速やかに治りましょう」と告げられました。そこで中納言がこの井戸の水を飲むと、たちまちに痛みが止まり、井戸には「薬井」という名前が付けられました。

江戸時代にはこの井戸をのぞき見て、自分の姿が水に映らなければ3年以内の命であるという説が広まり現在のように「姿見の井戸」と呼ばれるようになりました。

汗かき地蔵

汗かき地蔵(奥之院)

中の橋のたもとにある汗かき地蔵は、世の中の人々の苦しみをお地蔵様が身代わりになり、一身に受けているので、いつも汗をかいていると伝えられています。